目次
1. 溶解度積と溶解度の違い
難溶性塩を水に入れると、固体の一部がイオンとして溶ける一方、溶液中のイオンが再び固体になる反応も起こります。一定温度で溶解と析出がつり合ったとき、溶液中のイオン濃度の積が溶解度積Kspです。Kspは固体そのものの量ではなく、固体と接している溶液の平衡状態を表します。
溶解度は「水100 gに何g溶けるか」など、溶媒の量に対する溶質の量です。一方、モル溶解度sは飽和するまでに溶けた塩の物質量濃度(mol/L)で、Kspの式へ直接代入しやすい量です。質量で示された溶解度から計算する場合は、まず式量でmolへ変換し、必要なら溶液体積からmol/Lへ直します。質量濃度や質量%濃度の計算とは分母が異なるため、同じ「溶解度」という言葉でも問題の定義を先に確認してください。質量を使う飽和溶液の例は飽和溶液の計算ガイドで扱っています。
教科書の問題では、温度が指定されたKspの数値を使い、イオンの濃度をそのまま式に入れる方法が一般的です。熱力学的には濃度ではなく活量で平衡を表しますが、希薄溶液では濃度近似を使うことがあります。濃い溶液やイオン強度が大きい系では近似がずれるため、表や計算条件に書かれた定義を確認しましょう。Kspは温度に依存するので、異なる温度の値を混ぜて比較してはいけません。
2. 溶解度積計算の基本式(Ksp)
式を立てるときは、固体の電離反応を係数まで正しく書きます。純粋な固体はKspの濃度積に含めず、水溶液中に存在するイオンだけを使います。各イオン濃度の指数には、電離式の係数を使います。
MX(s) ⇌ M+(aq) + X−(aq)
Ksp = [M+][X−]
1 molのMXからM+とX−が1 molずつ生じるため、純水中でモル溶解度をsと置けば両イオンの平衡濃度はsです。これに対して、塩の1式量からイオンが1 molと2 mol生じる場合は、係数2のイオン濃度が2sとなり、Kspではその濃度を2乗します。
| 電離式の比 | 濃度の置き方 | Kspとsの関係 |
|---|---|---|
| 1 : 1 | [M] = s、[X] = s | Ksp = s2 |
| 1 : 2 | [M] = s、[X] = 2s | Ksp = 4s3 |
| 2 : 3 | [M] = 2s、[X] = 3s | Ksp = 108s5 |
表の係数は電離式からそのまま読み取ります。sの指数は、各濃度項に入るsの指数を足した数です。つまり、係数だけを掛けるのではなく、係数も濃度のべき乗も両方反映します。式量の異なる塩を比べるときも、この手順なら根号の次数や係数を取り違えにくくなります。
3. 溶解度積計算の例題1:AgClからモル溶解度を求める
25℃におけるAgClのKspを例題の条件として1.8×10−10とします。純水に溶けるAgClのモル溶解度をs mol/Lと置くと、電離式は次の通りです。
AgCl(s) ⇌ Ag+(aq) + Cl−(aq)
[Ag+] = s、[Cl−] = s
Ksp = s × s = s2
よって、s = √Ksp = √(1.8×10−10) = 1.34×10−5 mol/Lです。AgClの式量を使ってg/Lへ換算するなら、この値にAgClのモル質量を掛けます。出発点でg/100 g水の表値を使う場合は、水の質量基準と溶液の体積基準を混同しないようにしてください。この溶解度積計算は純水中でAgClだけが電離する設定です。初めからAg+やCl−が含まれるなら、次の共通イオン計算に切り替えます。
逆向きに、飽和水溶液のAg+濃度とCl−濃度がどちらも1.34×10−5 mol/Lと分かっていれば、その積がKspです。途中計算では有効数字を多めに残し、最後に与えられたKspの桁数に合わせます。Kspからモル溶解度を求めるとき、1対1の塩だけが平方根になる点も覚えておきましょう。
4. 例題2:PbI2の係数を指数に反映する
PbI2は1 mol溶けるとPb2+を1 mol、I−を2 mol生じます。したがって、溶解度をsと置いたときのイオン濃度はsと2sです。Ksp = s2と誤って書かず、ヨウ化物イオンの濃度を2乗します。
PbI2(s) ⇌ Pb2+(aq) + 2I−(aq)
Ksp = [Pb2+][I−]2
= s × (2s)2 = 4s3
例題でKsp = 8.0×10−9と与えられたとします。これは計算練習用に与えた条件値で、あらゆる表や温度に共通する固定値として使うものではありません。式へ代入して、s = (Ksp/4)1/3 = (2.0×10−9)1/3 ≈ 1.26×10−3 mol/Lを得ます。I−の濃度はその2倍なので、約2.52×10−3 mol/Lです。この溶解度積計算では、溶解量sをPb2+濃度にそのまま使い、I−は2sと置く点が1対1の塩との違いです。
最後にKsp = (1.26×10−3)×(2.52×10−3)2を計算すると、丸め誤差の範囲で8.0×10−9に戻ります。代入したsが妥当か、電離式の係数と濃度を使って逆算するのが検算のポイントです。一般に係数が1対2なら三乗根、1対3なら四乗根が現れますが、係数と指数は必ず反応式から導いてください。
5. 共通イオンがある場合の計算
純水ではなく、すでにCl−を含む溶液へAgClを加える場合、溶液中のCl−濃度をsだけと置くことはできません。例えば初めに0.10 mol/LのNaClがあり、AgClが少量溶けるなら、平衡時の濃度は[Ag+] = s、[Cl−] = 0.10 + sです。
Ksp = s(0.10 + s) = 1.8×10−10
sは0.10より十分小さいため、s ≈ 1.8×10−10 ÷ 0.10 = 1.8×10−9 mol/L
塩化物イオンの共通イオン効果により、純水中の1.34×10−5 mol/Lより溶ける量が小さくなります。上の近似は、解いたsが初期濃度に比べて十分小さいかを確かめて使います。差が無視できない場合は、s(0.10+s)=Kspを二次方程式として解きます。
共通イオンを加えても、同じ温度、同じ固体の溶解平衡に対するKsp自体は変わりません。変化するのは、Kspの式を満たす各イオンの平衡濃度です。混合液に含まれるイオンの出所をすべて書き出してから未知量を置くと、初濃度と変化量の取り違えを防げます。
6. イオン積QとKspで沈殿を判定する
2種類の水溶液を混ぜる問題では、混合後のイオン濃度からイオン積Qを計算します。Qには平衡前の現在濃度を入れ、Kspと同じ濃度式を使います。体積が変わる混合なら、各イオンの物質量を合算した後、混合後の全体積で割って濃度を求めてください。
| 比較 | 状態の見方 | 判断 |
|---|---|---|
| Q < Ksp | イオン積が飽和条件より小さい | 溶液は未飽和で、沈殿は生じない |
| Q = Ksp | 溶解平衡の条件を満たす | その温度で飽和している |
| Q > Ksp | イオン積が平衡値を超える | 沈殿が生じる方向へ進む |
AgClを例に、混合直後の[Ag+]を2.0×10−5 mol/L、[Cl−]を1.0×10−5 mol/Lとします。Q = (2.0×10−5)(1.0×10−5) = 2.0×10−10です。例題条件のKsp = 1.8×10−10よりQが大きいため、平衡へ向かう過程ではAgClが析出する方向です。沈殿判定の長い手順は、混合溶液濃度計算の例題で扱う物質量と混合後体積の整理とも共通します。
QがKspを超えることは熱力学的に沈殿が進む向きを示しますが、計算直後に必ず目で見える結晶が現れるとは限りません。核生成に時間がかかる場合や、錯イオン形成、pHによる副反応、イオン強度による活量の変化がある場合は、単純な濃度積だけで実験の見た目を断定できません。
7. 溶解度積計算を進める5つの手順
- 電離式を書く。固体1式量から生じるイオンと係数を確認する。
- 濃度式を作る。固体は除き、各イオン濃度を係数のべき乗にする。
- 未知量を置く。純水中で塩がs mol/L溶けるなら、各イオン濃度を係数倍したsで表す。
- Kspを代入する。温度とKspの定義が同じデータを使い、必要な根を解く。
- 条件と単位を検算する。電離式へ戻して濃度を確認し、問題が求める単位と有効数字に直す。
QとKspを比べる問題では、最後に使う濃度が混合後の値か、平衡後の値かを区別します。沈殿の有無だけを問う場合、混合直後のQを計算して比較します。Kspから溶解度を求める問題では、平衡濃度をsで表すため、共通イオンや酸塩基反応がないか先に確かめます。
イオンの質量濃度しか分からない場合は、式量でmolへ変換してから濃度を作ります。溶液を混ぜた場合は、希釈後の全体積を分母にし、同じイオンが両方の原液から来るなら物質量を足します。緩衝液や多価電解質など活量補正が必要な系では、初歩的なKspの濃度計算だけでは精度が足りないことがあります。こうした高度な混合系の整理には緩衝溶液とイオン強度の計算ガイドも参考になります。
8. 間違えやすい点と計算できる範囲
| よくある誤り | 確認すること |
|---|---|
| 固体の濃度をKspへ入れる | 平衡式から純固体を除き、水溶液中のイオンだけを使う。 |
| 係数2を指数にしない | 係数2のイオン濃度を2sと置き、その濃度項を2乗する。 |
| 共通イオン濃度を無視する | 溶液を混ぜる前から存在するイオン量と、溶解で増える量を足す。 |
| 異なる温度のKspを使う | 計算対象と同じ温度の平衡定数を選ぶ。 |
水酸化物や炭酸塩のようにpHで溶解形が変わる物質、錯イオンを作る金属イオン、複数の固相が同時に析出する系では、単一のKspだけで全ての溶存量を決められないことがあります。また、結晶が水和物や複塩として析出する場合は、固相の式自体を正しく選ぶ必要があります。
濃度が高い系では活量係数も無視できず、教科書の濃度近似と実験値の差が広がることがあります。どの定数表を使ったか、温度、溶媒、固相、pH、初期イオンを記録し、与えられていない条件を勝手に補わないことが大切です。データ不足で平衡計算を確定できない場合は、実測値やより詳しい平衡モデルが必要です。
よくある質問
参考資料
平衡定数や活量に関する用語の定義は、IUPAC Gold Bookで確認できます。数値例のKspは計算手順を示すための条件値であり、物質の実験値を保証するものではありません。
まとめ
溶解度積計算は、電離式からイオン濃度を組み立て、係数を指数へ反映することが基本です。純水中のモル溶解度をsと置くと、1対1のAgClはKsp=s²、1対2のPbI2はKsp=4s³になります。
- 電離式を係数まで書いてからKspを作る。
- 共通イオンがある場合は、初期濃度と溶解量を合算する。
- 沈殿判定では混合後のQを同じ温度のKspと比べる。
- pH、錯形成、活量や複数固相がある系では追加情報を確認する。
質量基準の溶解度や飽和溶液の濃度を知りたい場合は飽和溶液計算の例題、複数の塩を混ぜた後の濃度整理には混合溶液の計算ガイドも参照してください。